ホーム
> 小谷の250字
> 2015年6月(30)
<<
文学とは個別化のこと
>>
2015/6/7(Sun)
脳はできる限りエネルギーを消費しないようにできている。だから「ワンワンと音声を発する茶色い生き物」とか「時おり後ろ脚を上げて放尿する生き物」などと個別に認識するのではなく、それらを「犬」と大きな概念でまずは捉えようとする。
こうした概念化はコミュニケーションの円滑化にも大いに寄与する。「犬の散歩」と言えばどういうものであるかたいていの人には容易に伝わる。
これに対し文学は、概念化によって抽象されたものを個別化する。たとえば「犬の散歩」を500文字のエッセイに広げるのが文学なのである。
小谷隆
<<
もはや代役にあらず
>>
2015/6/8(Mon)
今年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』で、久坂玄瑞の愛妾、芸者の辰路を演じる鈴木杏が存在感を発揮している。傑出した美貌ではないのだけれど、大きな眼は独特の力を湛えていて、白塗りにもよく映えて並々ならぬ妖艶さを匂わせている。役柄の重さ以上に視聴者の中に浸透していることだろう。
しかしそもそもこの役は広末涼子が演じる予定だった。広末が妊娠を理由に辞退してお鉢が回ってきた千載一遇のチャンスで、見事にその才能を開花させた。
ここまで来ると、もはや広末涼子扮する辰路など誰にも想像できないに違いない。
小谷隆
<<
新聞の劣化が止まらない
>>
2015/6/9(Tue)
全国紙が恥ずかしい記事でネットの晒し者になった。ペヤングのインスタント焼きそばの発売再開を愛好家がいかに待ちわびたかを伝えるため、愛好家の集いを取材した記者。その表現があろうことか「お湯を注ぐとソースの匂いが立ち込める」という頓珍漢なものだった。
記者もよほどお育ちがよろしいのだろう。カップ焼きそばの作り方をご存知ないらしい。
揚げ足をとるつもりはないけれど、記者と読書との絶望的な距離感を象徴する出来事にも映る。あるいは単に取材力の欠如か。どっちにしても新聞の劣化が止まらない。
小谷隆